コラム814

「オリンピックと平和」

 2020年オリンピックに向かって、ドラマや特集など賑やかになってきました。東海大学の付属高校ではオリンピズムを伝える学園オリンピックやオリンピック教育などのオリンピックムーブメントを行っています。
創立者が「オリンピック」に対して、どんな思いがあったのか調べると2名の人物が浮かび上がります。ピエール・ド・クーベルタン男爵と嘉納治五郎先生のどんな思いが松前重義博士に繋がったのか、調べてみました。

〇ピエール・ド・クーベルタン男爵と嘉納治五郎先生の出会い
 フランスのクーベルタン男爵は戦争で荒廃したヨーロッパや、自国と他国の教育の違いを見ていく中で、教育の重要さを感じ教育改革に取り組み、「スポーツを通して心身を向上させ、さらには文化・国籍などさまざまな差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」というオリンピズムに基づいて、近代オリンピックを創始しました。オリンピズムの理念を広げていくオリンピックムーブメントに取り組む中で、ヨーロッパとアジアの文化が交わることでオリンピズムが新しい形に変化していくと考え、アジアの代表として嘉納治五郎先生をオリンピックの委員(1909~1938年)として選びました。嘉納先生は、1940年の幻の東京オリンピックを27年間のオリンピックムーブメントを通して招致されるなど、精力的に活動されましたが1938年に客死し、1940年に日本は開催権を返上し、第2次世界大戦に世界は進んでいきました。
 嘉納先生は、西洋のスポーツ文化に、「精力善用・自他共栄」という武道精神を加味することを構想していたと言われています。「精力善用・自他共栄」の考えは、「目的を果たすために最も効力ある方法を用いつつ、それを実生活に生かすことによって、人間と社会の進歩・発展に貢献すること」になります。

〇嘉納治五郎先生と松前重義博士(本学園の創立者)
  松前重義博士は、1964年の東京オリンピックの際に国会議員として尽力し、日本武道館(柔道会場)の建築などに関わられています。東京オリンピックで正式種目となった「柔道」は当初はプールに畳を敷いて実施される予定だったそうです。同年に学園オリンピックのスポーツ部門が始まりました。そして、クーベルタンの理念“Olympic is wedding of sport and art.(オリンピックはスポーツと文化の融合)”に敬意を表し、1991年から文化部門がスタートしています。また、2020年東京オリンピックに向けてのオリンピックムーブメントとして、2015年から本学園では「オリンピック教育」が始まっています。創立者は「オリンピック」にどんな思いがあったのでしょうか?
 創立者は、32歳の時に国の官僚としてヨーロッパに出張留学中、柔道のヨーロッパ普及のためドイツを訪れていた73歳の嘉納先生と出会われています。その時に二人は乱取り形式でドイツ人に技を披露したり、嘉納先生が自らの言葉で説明したりしています。創立者の著書を読むと、その時の嘉納先生の姿が大きな刺激になったことが読み取られます。
 嘉納先生がクーベルタン男爵と交わり、創立者が嘉納先生と交わり、その思いが繋がった結果「オリンピック精神(オリンピズム)をもって世界平和に貢献する」活動が学園オリンピックやオリンピック教育といった本学園のオリンピックムーブメントに繋がっていると考えられます。また、幻の東京オリンピック開催の道半ばで逝かれた嘉納先生の精神を繋ぎたいという創立者の思いがあったのかもしれません。
 嘉納先生が最後まで行ったスポーツ振興や普及活動はその後の松前重義博士のスポーツを通じて行う国際友好親善活動や対外文化教育の原点につながったと思われます。例えば、創立者はモスクワオリンピックの際にスポーツと政治の分離を訴えて各国を回られたり、ロサンゼルスオリンピックでは野球や女子柔道の採択に尽力されたりしています。
 東海大学の建学の精神の究極の狙いは「新しい文明創造の士となる有為な青年を育成し、持って『世界平和』に尽くす」ことです。一人でも多くの生徒が、学園オリンピックに参加し、2020年東京オリンピックに興味関心を持ち、オリンピズムに共感し、その思いを繋ぐことが出来たら素晴らしいと考えています。

文章を書くにあたり、様々な人から資料を頂き、助言を頂きました。また、日本オリンピック委員会のWebサイトも参考にさせて頂きました。この場を借り、お礼を申し上げます。ご協力ありがとうございました。

(上田 康裕)